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ハイリゲンシュタット散策 ~ 永見隆幸ヨーロッパを行く Heiligenstadt Wien [永見隆幸先生information]




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永見先生が、ウィーンのハイリゲンシュタットで、散策を楽しまれました。

俗に言う、ベートーヴェンの散歩道ですね。



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ベートーヴェンが交響曲第三番を書いた家とか、交響曲第六番「田園」を着想した場所とか、そういう所には余り興味を示されませんでした。何故なんでしょうね…



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今回の欧州旅行ウィーン滞在で永見先生をサポートしてくださった専属の運転手さん





自分は論理の人間でもありますが、感性の人間でもあります。ですから、教養としての知識には興味が持てず、自分の感性に引っかかったものを楽しんでいるだけなのです。

色々なアプローチがあるのでしょうが、自分の場合、自然からインスピレーションを得ることが多いのです。自分の身体がそれに様々な反応を起こしてリアリティが生れる。ベートーヴェンの散歩を追体験するという意味合いでここにいるのではなく、ハイリゲンシュタットの自然に触れ、日本では感じられない大地の息吹や空気の振動や生き物の鼓動などによって、自分が生きている実感を得る。ヴァーチャルなことだけでは決して手に入れられないものです。特に、芸術に携わる上で、自然と身体性を抜きにして、自分は、前に進むことができません。





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私が、つまらぬことを伺ったのがいけなかったんですが、永見先生は、真摯に語ってくださいました。

考えておられることも実行することも、やっぱり凡人の私とは雲泥の差です。

何が気に入られたのか解りませんが、この階段と小さな泉が気になられたらしく、車を止められ、しばし、自然との交感を楽しんでおられたご様子です。



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ホテル・ザッハー・ウィーン ~ 永見隆幸ヨーロッパを行く Hotel Sacher Wien Österreich [永見隆幸先生information]




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永見隆幸先生が、オーストリアのホテル・ザッハー・ウィーン Hotel Sacher Wien に宿泊されました。



hotel sacher rezeption.JPG
レセプション rezeption



tennou kougou ryouheika at hotel sacher.JPG



hotel sacher empfangshalle.JPG
ホワィエ empfangshalle



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hotel sacher gästezimmer.JPG
部屋には永見先生宛の手紙 そして ウェルカム・ドリンクと果物とザッハ・トルテ





ホテル・ザッハー Hotel Sacher は、ウィーンの中心街にあるフィルハーモニカー通りに建つ5つ星ホテルです。ウィーン国立歌劇場の隣、かつてのアントニオ・ヴィヴァルディの居住地に建てられました。シュテファン大聖堂、ホーフブルク王宮、アルベルティーナ美術館、オーストリア国立図書館の至近距離にあります。美術品を収蔵するギャラリーを有し、部屋は約150室。名物のザッハ・トルテもよく知られています。

ザッハ・トルテは、1832年(江戸時代 天保3年頃)、ユダヤ系の敏腕菓子職人フランツ・ザッハーによって作られ、次男エドワードが宮廷御用達菓子屋のデメルで完成させたと言われています。1876年=明治9年にホテルを立上げると、瞬く間に、貴族や芸術家や政治家、世界中の上流階級が集まる場として、国際的に知られるようになります。エドワードが49歳で他界すると、未亡人となったアンナ・ザッハーが力を尽し、ハプスブルク家の黄金期に一時代を築きました。

太上天皇皇后両陛下、皇帝フランツ・ヨゼフ、女王エリザベス二世、マハトマ・ガンディ、J.F.ケネディ大統領などの名士や、ドミンゴ、カラヤン、バーンスタインらの音楽家も訪れています。
そして、我らが永見隆幸先生の常宿でもあります。



ホテル内には、元祖ザッハ・トルテ Die Original Sacher-Torte で名高い「カフェ・ザッハ Café Sacher Wien」、そのほかに「ザッハ・シュトゥーベ Sacher Stube」と「ザッハ・エック Sacher Eck」、三つのカフェがあります。レストランは、赤の「ローテ・バー Rote Bar」と緑の「グリューネ・バー Grüne Bar レストラン・アンナ・ザッハー Restaurant Anna Sacher」の二店舗。もちろんドレスコードがあります。青の「ブラウェ・バー Blaue Bar」は夜遅くまで営業しているバーです。





ローテ・バー
Rote Bar

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tak hotel sacher rote bar.JPG

hotel sacher rote-bar 2.jpg



グリューネ・バー
Grüne Bar
レストラン・アンナ・ザッハー
Restaurant Anna Sacher

hotel sacher  grüne-bar.jpg

オーストリアの画家アントン・ファイスタウアー Anton Faistauer(1887年~1930年)の絵画や、ロブマイヤー Lobmeyr のクリスタル製シャンデリアを楽しむことができます。



ブラウェ・バー
Blaue Bar

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カフェ・ザッハー・ウィーン
Café Sacher Wien

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シュタイラーエック ~ 永見隆幸ヨーロッパを行く Steirereck im Stadtpark - Vienna [永見隆幸先生information]



永見隆幸先生がオーストリアのウィーンあるレストラン「シュタイラーエック・イム・シュタットパーク・ヴィエンナ Steirereck im Stadtpark - Vienna」を訪問されました。



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シュタイラーエック・イム・シュタットパーク Steirereck im Stadtpark



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永見先生にレストラン・シュタイラーエックについて伺いました。


ウィーン市立公園の中にあるレストラン、シュタイラーエック Restaurant Steirereck を、ミシュラン星付き、ゴーミヨ Gault et Milla 高評価、サンペレグリノ「World's 50 Best Restaurants~世界のレストラン・ベスト50」ベスト10ランクイン、ターフェルシュピッツ Tafelspitz 金賞に輝いた名店としてご存知の方も多いことでしょう。ウィーンの、そしてオーストリアのレストラン最高峰という評価を得ています。ヨーロッパで一番と言う方さえいて、シュタイラーエックの洗練された創作料理は、芸術的と表現されることも。厳選食材を用いた料理は実に凝ったもので、そのうえ、自慢のチーズが150種以上もストックされ、パンやワインの品揃えも圧倒的です。





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永見先生がおっしゃるには…

シュタイラーエック Steirereck の真裏にあるウィーン川沿いのマイエライ・イム・シュタットパーク Meierei im Stadtpark も美味しく、ランチや朝食で利用することが多いのですが、実は、シュタイラーエックとマイエライは、経営も建物も同じなのです。入口だけは正反対のところにあります。



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マイエライ・イム・シュタットパーク Meierei im Stadtpark





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ご贔屓様との会食や 舞台の打合せや 美味なる食事を堪能する機会の多い永見先生

オーストリアは、アメリカに次いで、先生にとって第三の故郷だとか… 

羨ましすぎる!





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シェーンブルン宮殿 ~ 永見隆幸ヨーロッパを行く Schloß Schönbrunn [永見隆幸先生information]



永見隆幸先生が、ウィーンのシェーンブルン宮殿 Schlos Schonbrunn を訪問されました。



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シェーンブルン宮殿 Schlos Schonbrunn は、ヨーロッパで最も美しいバロック建築に数えられます。ここには、マリア・テレジア女帝、フランツ・ヨーゼフ皇帝やエリザベト皇妃も滞在しました。



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[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller



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[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller



建造物と敷地は1569年(室町時代 永禄12年頃)からハプスブルク家が夏の離宮、避暑地の別荘として所有。神聖ローマ皇帝マティアス Matthias が行った1612年(江戸時代 慶長17年頃)の狩猟の旅で、偶然この地に湧き出す清らかな(schon シェーン)泉(brunn ブルン)を見つけ、この土地に「シェーンブルン Schonbrunn」という名が与えられました。1642年(江戸時代 寛永19年頃)には、皇帝フェルディナント二世 FerdinandⅡ.の皇妃エレオノーラ・フォン・ゴンザーガ Eleonora von Gonzaga(1598年~1655年)が園遊のための宮殿を建てています。

オスマン・トルコ軍による第二次ウィーン包囲の後、「フランスのベルサイユ宮殿に匹敵する宮殿を」との皇帝レオポルド一世 Leopold I.の命で、オーストリアの建築家ヨハン・ベルンハルト・フィッシャー・フォン・エルラハ Johann Bernhard Fischer von Erlach の設計により、1696年(江戸時代 元禄9年頃)に新宮殿を着工。1743年(江戸時代 寛保3年頃)からは、マリア・テレジアの指示で、オーストリアとイタリアの建築家ニコラウス・フランツ・レオンハルト・フォン・パカッシ Nikolaus Franz Leonhard von Pacassi(1716年~1790年)が大規模な拡張と改装を行い、現在の姿になりました。

シェーンブルン宮殿外壁の明るい黄色は、「マリア・テレジア・イエロー」とも呼ばれています。宮殿の前に広がるフランス式庭園は、東西約1.2メートル、南北約1キロメートルにも及びます。1830年(江戸時代 文政13年頃)にはフランツ・ヨーゼフ皇帝 Franz JosephⅠ.が生れ、晩年の数年は専らここで過ごしました。



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[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Sascha Rieger



大パルテール
Groses Parterre:幾何学的にレイアウトされた花壇

Schonbrunn Palace, Grosses Parterre.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller

Schonbrunn Palace, Great Parterre.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H., - Alexander Eugen Koller



シェーンブルン宮殿には部屋が1441室あって、内装はロココ様式です。六歳のモーツァルトが女帝マリア・テレジアを前に御前演奏を披露したのが「鏡の間 Spiegelsaal」。「丸い中国の間 Chinesische Kabinette」ではマリア・テレジアが側近の宰相ヴェンツェル・アントン・フォン・カウニッツ=リートベルク伯爵 Wenzel Anton Graf von Kaunitz-Rietberg と重要な密談に臨んだと言われます。ナポレオンが会議を行ったのは「古い漆の間 Vieux Laque Zimmer」。「青い中国のサロン Blauer Chinesischer Salon」では、1918年=大正7年、皇帝カール一世が「国事不関与」の書類に署名したことで、ハプスブルク家のオーストリア=ハンガリー帝国は、終焉を迎えました。紫檀の板張りでインドとペルシャの細密画に飾られた「百万の間 Millionenzimmer」は、最も美しいロココ様式の内装の一つ。「会議は踊る、されど進まず」と揶揄された1814年(江戸時代 文化11年頃)と翌15年のウィーン会議で、全長40メートル、全幅10メートルの大広間「グロセ・ギャラリー Grose Galerie」が、舞踏会の会場になりました。



鏡の間
Spiegelsaal

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[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H.

Schonbrunn Palace, Mirrors Room.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H.





丸い中国の間
Chinesische Kabinette

Chinesische Rundkabinett, Schlos Schonbrunn1.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller

Chinesische Rundkabinett, Schlos Schonbrunn2.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller





古い漆の間
Vieux Laque Zimmer

Schonbrunn Palace, Vieux-Laque room.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller





青い中国のサロン
Blauer Chinesischer Salon

Blauer Chinesischer Salon, Schloss Schoenbrunn.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Edgar Knaack





百万の間
Millionenzimmer

Millionen - zimmer, Schlos Schonbrunn.jpeg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller





大広間グロセ・ギャラリー
Grose Galerie

Schlos Schonbrunn Grose Galerie.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Agentur Zolles

Schonbrunn Palace, Grose Galerie.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H.





青の階段
Blaue Stiege

Schonbrunn Palace, Blue staircase.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Sascha Rieger





マリー・アントワネットの間
Marie Antoinette Zimmer

Schonbrunn Palace, Marie Antoinette room.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller

Marie Antoinette Zimmer.jpg
[コピーライト] Schloss Schoenbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. Alexander Eugen Koller





タペストリー・サロン
Gobelinsalon

Gobelinsalon2.jpg
[コピーライト] Schloss Schoenbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H.





皇帝フランツ・ヨゼフ書斎
Arbeitszimmer Franz Josephs

Schonbrunn Palace, Study of Emperor Franz Joseph.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller





皇帝フランツ・ヨゼフ寝室
Schlafzimmer Franz Josephs

Schonbrunn Palace, Emperor Franz Joseph Bedroom.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller





皇帝フランツ・ヨゼフ 皇后エリザベト 夫妻寝室
Gemeinsames Schlafzimmer

Schonbrunn Palace, Imperial Couple Bedroom.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller





式典用大広間
Zeremoniensaal

Schonbrunn Palace, Hall of ceremonies.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller





シェーンブルン宮殿 宮廷劇場
Schlostheater Schonbrunn

Schlostheater Schonbrunn 1.jpg
[コピーライト] C. Cossa



女帝マリア・テレジア Maria Theresia の指示で、オーストリアとイタリアの建築家ニコラウス・フランツ・レオンハルト・フォン・パカッシ Nikolaus Franz Leonhard von Pacassi によって宮殿右棟に劇場が設けられ、1747年(江戸時代 延享4年頃)に開館。 20年後、宮廷付建築家のヨハン・フェルディナント・ヘッツェンドルフ・フォン・ホーエンベルク Johann Ferdinand Hetzendorf von Hohenberg によって拡充されました。
この劇場では、 フランツ・ヨゼフ・ハイドン Franz Joseph Haydn や ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト Wolfgang Amadeus Mozart らが作品を指揮し、数多くのクリストフ・ウィリバルト・グルック Christoph Willibald von Gluck のオペラが初演されています。
ナポレオン・ボナパルト Napoleon Bonaparte がシェーンブルン宮殿を本拠地としていた時期に改装工事が行われ、1809年(江戸時代 文化6年頃)、ジャン・ラシーヌ Jean Racines『フェドラ Phadra』のこけら落しにより再開されました。
オーストリア皇帝フェルディナント一世 Ferdinand I.の時代に全盛期を迎えています。
シェーンブルン宮殿宮廷劇場は、バロック様式の劇場として、帝政時代の宮廷劇場の様子を現在に伝える世界的にも貴重な劇場です。



Schlostheater Schonbrunn 2.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H.





この宮殿は、歴史的重要性と比類無き建造物や内装や庭園などによって、ユネスコ世界文化遺産になっています。





Schonbrunn Palace, Round Pool.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Lois Lammerhuber



Schonbrunn Palace, Fair Spring.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller



秘密の花園
Geheimer Garten

Schonbrunn Palace, Privy Garden.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. ? Alexander Eugen Koller





シェーンブルン庭園 Schlospark Schonbrunn の建造物


グロリエッテ
Gloriette

Schonbrunn Palace, Gloriette.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller

グロリエッテは、当初、栄誉神殿 ehrentempel として、宮廷付建築家のヨハン・フェルディナント・ヘッツェンドルフ・フォン・ホーエンベルク Johann Ferdinand Hetzendorf von Hohenberg により、1775年(江戸時代 安永4年頃)に建造された初期歴史主義のコロネード colonnade 列柱回廊。コリンの戦いにおけるオーストリア軍の対プロイセン勝利と戦没者の慰霊のために建てられたギリシア建築です。内部は象牙色と褐色の化粧漆喰で、柱はドーリア式、天井にも装飾が施されています。



ネプチューンの噴水池
Neptunbrunnen

Schonbrunn Palace, Neptune fountain.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller

1780年(江戸時代 安永9年頃)制作。宮廷建築家ヨハン・フェルディナント・ヘッツェンドルフ・フォン・ホーエンベルク Johann Ferdinand Hetzendorf von Hohenberg(1732年~1816年)の設計だと言われています。彫刻は、ドイツの彫刻ヨハン・ヴィルヘルム・バイエル Johann Wilhelm Beyer(1725年~1796年)によるものです。



ローマの廃墟
Romische Ruinen

Schonbrunn Palace, Roman ruin.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller

「ローマの廃墟」は、ヨハン・フェルディナント・ヘッツェンドルフ・フォン・ホーエンベルク Johann Ferdinand Hetzendorf von Hohenberg(1732年~1816年)によって 1778年(江戸時代 安永7年頃)に造られた人工的なローマの廃墟です。老朽化した宮殿の石材が用いられたと伝えられています。イタリアの画家で建築家のジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ Giovanni Battista Piranesi(1720~1778)によるローマのウェスパシアヌスとティトゥス神殿を参考にして造られ、当初はカルタゴの廃墟と呼ばれていました。 2003年=平成15年に修復作業が行われています。 全長35.4メートル、全幅20.35メートル、全高15.75メートル。 柱にはコリント式の装飾が見られます。 正面アーチの下にヘラクレス像が、手前の島にはモルダウ川とエルベ川を象徴する像があります。



オベリスクブルンネン~オベリスクの噴水
Obeliskbrunnen

Schonbrunn Palace, Obelisk fountain.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller

オベリスクブルンネン Obeliskbrunnen は、1777年(江戸時代 安永6年頃)にヨハン・フェルディナント・ヘッツェンドルフ・フォン・ホーエンベルク Johann Ferdinand Hetzendorf von Hohenberg(1732年~1816年)によって建てられました。彫刻は、ドイツの彫刻ヨハン・ヴィルヘルム・バイエル Johann Wilhelm Beyer(1725年~1796年)の設計で、ドイツ・オーストリアの彫刻家で建築家のベネディクト・ヘンリツィ Benedict Henrici(1749年~1799年)によるものです。全高31.2メートル。



ボスケ
Bosquet

bosquet Facher, Schonbrunn.jpg
[コピーライト] Herzi Pinki

ボスケ Bosquet とは、(庭園の)茂み, 木立、植込みの意。西洋式庭園の作庭技法の一つであるフランス平面幾何学式庭園では、骨格を造って平面の意匠を担う樹林帯のことを指し、このボスケによって両側に並木のある見通しが強調されます。



シェーンブルンの迷路
Schonbrunner Irrgarten

Irrgarten,  Schlos Schonbrunn.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Julius Silver

シェーンブルン宮殿の迷路庭園は、1698年(江戸時代 元禄11年頃)から1740年(江戸時代 元文5年頃)にかけて作られ、異なった形の六つの迷路から成り立っていました。全長三キロメートルもあったそうです。その後、簡素化され、1892年=明治25年には無くなってしまいましたが、1998年=平成10年の秋、当時の設計を基に再建されています。





パルメンハウス
Palmenhaus

palmenhaus, Schlos Schonbrunn.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H.

Palmenhaus Innen, Schlos Schonbrunn.jpg
[コピーライト] Schlos Schonbrunn Kultur- und Betriebsges.m.b.H. - Alexander Eugen Koller

シェーンブルン宮殿の庭園にあるパルメンハウス Palmenhaus は、ヨーロッパ大陸で最大の温室。地中海、熱帯、亜熱帯の植物が数多く収集され、気候帯によって三つの展示館 pavilion に分れています。
パルメンハウスは、1882年=明治15年、皇帝フランツ・ヨーゼフ一世 Franz JosephⅠ.の命で、オーストリアの建築家フランツ・クサフェル・ゼーゲンシュミット Franz Xaver Segenschmid(1839年~1888年)の設計により建てられました。全長111メートル、建築面積二千五百平方メートル、硝子屋根延べ四千九百平方メートル、四万五千枚の硝子板が使われています。





シェーンブルン動物園
Tiergarten Schonbrunn

Luftbild Kaiserpavillon, Tiergarten Schonbrunn.jpg
[コピーライト] Tiergarten Schonbrunn

Kaiserpavillon, Tiergarten Schonbrunn.jpg
[コピーライト] Tiergarten Schonbrunn

Kaiserpavillon Innen,  Tiergarten  Schonbrunn.jpg
[コピーライト] Tiergarten Schonbrunn - Norbert Potensky

現存する世界最古のシェーンブルン動物園は、ヨーロッパ最高の動物園に五回も選ばれています。
1752年(江戸時代 宝暦2年頃)、神聖ローマ帝国皇帝フランツ一世 FranzⅠ. が、シェーンブルン宮殿の隣に帝国小動物園 Kaiser Menagerie として造らせたものです。 動物の飼育場は、皇帝の休憩所 カイザー・パヴィリオン Kaiser Pavillion を中心にして、放射線状に十三箇所あります。
カイザー・パヴィリオン Kaiser Pavillionは、1759年(江戸時代 宝暦9年頃)に建てられました。フランツ一世とマリア・テレジア皇帝夫妻が、ここで動物を見ながら朝食を楽しんだと言われています。
カイザー・パヴィリオン Kaiser Pavillion と 帝国小動物園 Kaiser Menagerieを建設したのは、ロートリンゲンの建築家ジャン・ニコラ・ジャド・ド・ヴィル=イッセイ Jean Nicolas Jadot de Ville-Issey (1710年~1761年)です。





帝国馬車博物館
Kaiserliche Wagenburg

Kaiserliche Wagenburg Schlos Schonbrunn.jpg

Kaiserliche Wagenburg Innen Schloss Schonbrunn 1.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband

Kaiserliche Wagenburg Innen Schloss Schonbrunn 2.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband

シェーンブルン庭園の一角にある帝国馬車博物館 Kaiserliche Wagenburg カイゼリッヒェ・ヴァーゲンブルクには、ハプスブルク家の人々が宮廷で使っていた多種多様な馬車や衣装が展示されています。
特に目を引く「宮廷用四輪馬車 インペリアル・コーチ Imperialwagen」は、1735年(江戸時代 享保20年)~1740年(江戸時代 元文5年)頃、神聖ローマ皇帝カール六世 Karl Ⅵ.のために制作されたと考えられています。印象深いのは、黒い霊柩馬車 Leichenwagen で、皇妃エリザベト Elisabeth Amalie Eugenie von Wittelsbach(1898年=明治31年)、皇帝フランツ・ヨーゼフ一世 Franz JosephⅠ(1916年=大正5年)、オーストリア=ハンガリー帝国最後の皇妃ツィタ Zita von Bourbon-Parma(1989年=平成元年)の葬儀に使われました。唯一現存する1914年=大正3年製の宮廷用自動車も見ることができます。



帝国馬車
Imperialwagen

Imperialwagen, Kaiserliche Wagenburg.jpeg
[コピーライト] KHM-Museumsverband

Imperialwagen, Kaiserliche Wagenburg2.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband

Imperialwagen, Kaiserliche Wagenburg3.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband



ロココ・ベルリン馬車(馬具付)
プリンツ祝祭馬車
Rokoko-Berline mit Prunkgeschir
Prinzengalawagen

Prachtvolle Rokoko Berline mit Prunkgeschirr.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband

Rokoko Berline, Prinzengalawagen.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband



ナポレオン一世ミラノ戴冠式馬車
Mailander Kronungswagen

Mailander Kronungswagen Kaiser Napoleons I..jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband



霊柩馬車
Leichenwagen

Leichenwagen Kaiserin Elisabeths, Kaiserliche Wagenburg.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband



法廷の正式な喪服~礼装四輪大型馬車
哀しみの追悼馬車
Hoftrauer-Galawagen
Trauer-Huldigungswagen

Hoftrauer-Galawagen, Trauer- Huldigungswagen.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband



皇帝フランツ一世ピルシュ
ピルシュ:軽い幌で半分覆われた馬車
Pirutsche von Kaiser Franz I.

Pirutsche von Kaiser Franz I..jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband



マリア・テレジア金色カルーセル馬車
Maria Theresias Karussellwagen

Maria Theresias Karussellwagen.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband



ウィーン王宮法廷ベルリン馬車
Berline des Wiener Hofes Wien

Berline des Wiener Hofes Wien, um 1814.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband



khm-museumsverband 1.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband

khm-museumsverband 2.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband



khm-museumsverband 3.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband



1914年=大正3年製 宮廷用自動車
Kaiserwagen 1914

Graf & Stift 40~45 1914 Kaiserwagen2.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband

Graf & Stift 40~45 1914 Kaiserwagen3.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband

Graf & Stift 40~45 1914 Kaiserwagen.jpg
[コピーライト] KHM-Museumsverband





Kaiserliche Wagenburg Schloss Schonbrunn.jpg





送っていただいた画像データをもとに、資料を集めて記事をまとめようと思ったのですが、終ってみれば何のことはない。永見先生に質問して教えていただいたことが、この記事の全てと言っても過言ではありません。何にでも通暁してみえると言うか、芸術文化のあらゆる分野において造詣が深くていらっしゃる。

驚くのを通り越して、怖いくらいです。歴史的な洞察も凄いし。いくら20代と30代の殆どを欧米で過ごされたと言っても…





Kaiserliches Lustschloss Schonbrunn, Hofseite Canaletto.jpg
「皇帝切望の宮殿シェーンブルン~中庭」
作者:カナレット~ベルナルド・ベロット(1758年:江戸時代 宝暦8年頃)
Kaiserliches Lustschloss Schonbrunn, Hofseite
Canaletto - Bernardo Bellotto, 1758





tak schloss schonbrunn 2.JPG
ベルヴェデーレ宮殿からシェーンブルン宮殿を眺める





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ベルヴェデーレ宮殿 ~ 永見隆幸ヨーロッパを行く Schloss Belvedere [永見隆幸先生information]



永見隆幸先生が、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿 Schloss Belvedere を訪問されました。



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ベルヴェデーレ上宮



ウィーンのベルヴェデーレ宮殿は、18世紀前半にオスマン・トルコ軍との戦いでウィーンを救った英雄サヴォイア公プリンツ・オイゲン Eugen Franz von Savoyen-Carignan の「夏の離宮」、つまり避暑地の別荘として、ハプスブルク家に仕えていた当時を代表する建築家ヨーハン・ルーカス・フォン・ヒルデブラント Johann Lukas von Hildebrandt の設計によって建てられた、バロック様式の宮殿です。

オイゲンは、フランス生れの貴族で、サヴォイア家の血を引く男系男子ゆえに、プリンツ(公子)の称号で呼ばれました。

「ベルヴェデーレ Belvedere」はイタリア語で「麗しき眺め」の意で、世界遺産にも登録されている歴史的建造物です。

ベルヴェデーレ宮殿には、迎賓館として使われた上宮 Oberes Belvedere と実際にオイゲン公が居住した下宮 Unteres Belvedere の二つの建物があり、1714年(江戸時代 正徳四年頃)から1716年(江戸時代 享保元年頃)にかけて下宮が、1720年(江戸時代 享保五年頃)から1723年(江戸時代 享保八年頃)にかけて上宮が建設されました。オプリンツ・オイゲンは相続すべき子を遺さず、没後の1752年(江戸時代 宝暦二年頃)、ハプスブルク家のマリア・テレジアの手に渡りました。

現在は、美術館 オーストリア・ギャラリー・ベルヴェデーレ Österreichische Galerie Belvedere として、中世から現代にいたるオーストリアの美術品を展示しています。
特に上宮には、世界最大のグスタフ・クリムト Gustav Klimt のコレクションがあります。その中には「接吻」や「ユーディト」も含まれ、エゴン・シーレ Egon Schiele やオスカー・ココシュカ Oskar Kokoschka の代表作なども収蔵されています。



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ベルヴェデーレ下宮





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ベルヴェデーレ宮殿の敷地内に、作曲家アントン・ブルックナーが晩年を過ごした邸宅があります。1895年=明治28年7月、フランツ・ヨーゼフ皇帝2世により、宮殿の管理人用宿舎が無償貸与されました。足が弱ってきたブルックナーのために平屋が用意されたといいます。この家で、交響曲第9番の作曲に取組みましたが、完成を見ることなく、1896年=明治29年10月11日、永眠しました。享年73歳。



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ベルベデーレ宮殿に収蔵されている美術品の中で、クリムト、シーレ、ココシュカを別にして、よく知られている作品から三点を挙げてみましょう。

もちろん永見先生のチョイスですよ。私なんか、美術に疎い上に、ドイツ語はおろか、英語だってチンプンカンプンなんですから…





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Napoleon am Großen St. Bernhard
Jacques Louis David

ジャック・ルイ・ダヴィット「グラン・サン・ベルナール峠を越えるナポレオン」



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Am Fronleichnamsmorgen
Ferdinand Georg Waldmüller

フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー「聖体祭の朝」



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Die bösen Mütter
Giovanni Segantini

ジョヴァンニ・セガンティーニ「悪しき母親」





ベルベデーレ宮殿に収蔵されているグスタフ・クリムト作品の一部



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Der Kuss (Liebespaar)
接吻(恋人同士)



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JudithⅠ
ユディトⅠ



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Freundinnen (Wasserschlangen I)
女友達(水蛇Ⅰ)



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Adam und Eva
アダムとイヴ



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Die Braut
花嫁



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Mutter mit zwei Kindern (Familie)
母と二人の子(家族)



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Sonja Knips
ソニア・クニプス



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Fritza Riedler
フリッツァ・リードラー



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Blühender Mohn
花開くケシ



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Bauerngarten mit Sonnenblumen
ヒマワリの咲くコテージ・ガーデン



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Sonnenblume
ヒマワリ



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Schloss Kammer am Attersee III
アッター湖畔のカンマ-城Ⅲ



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Bauernhaus in Buchberg (Oberösterreichisches Bauernhaus)
ブーフベルクの農家(上オーストリア州の農家)



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Allee zum Schloss Kammer
カンマ-城への並木道



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Forsthaus in Weißenbach I (Landhaus am Attersee)
ヴァイセンバッハの森の家Ⅰ(アッター湖畔のカントリー・ハウス)





ベルベデーレ宮殿に収蔵されているエゴン・シーレ作品の一部



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Tod und Mädchen
死と乙女



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Die Umarmung
抱擁



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Kauerndes Menschenpaar (Die Familie)
蹲る人間の夫婦(家族)



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Mutter mit zwei Kindern III
母と二人の子供Ⅲ



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Bildnis Dr. Franz Martin Haberditzl
フランツ・マルティン・ハベルディッツル博士の肖像



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Dr. Hugo Koller
ヒューゴ・コラー博士



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Bildnis der Frau des Künstlers, Edith Schiele
芸術家の妻の肖像 エディト・シーレ



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Reinerbub (Bildnis Herbert Reiner)
ライナー君(ヘルベルト・ライナーの肖像)



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Eduard Kosmack
エドゥアルト・コスマック



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Vier Bäume
四本の木



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Hauswand (Fenster)
家の壁(窓)



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Sonnenblumen I
ひまわりⅠ





ベルベデーレ宮殿に収蔵されているオスカー・ココシュカ作品の一部



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Der Maler Carl Moll
画家カール・モール



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Romana Kokoschka, die Mutter des Künstlers
ロマナ・ココシュカ、芸術家の母



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Der Rentmeister
管財人



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Mutter und Kind, einander umarmend
母と子、互いに抱きしめて



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Herodot
ヘロドトス



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Heimsuchung
天罰



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Tigerlöwe
タイガーライオン





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永見隆幸 かどわき 麻布十番 再訪 [永見隆幸先生information]



永見隆幸先生が、港区の麻布十番にある日本料理店「かどわき」を再訪されました。



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かどわきの御社



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かどわきの玄関





かどわき店主の門脇俊哉さんは、「つきじ植むら」や「海燕亭」などを経て、平成12年=2000年に独立。ミシュラン星付き料理店の常連として「かどわき」を ご存知の方も多いのではないでしょうか。





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既成概念に捉われない「記憶に残る料理」と評判の「かどわき」について永見先生に伺いました。


旬の厳選食材の組合せにはいつも驚かされますが、門脇さんの舌の確かさと創意工夫の見事さに、結局は舌鼓を打つことになります。何せ、今まで、一度たりとも裏切られたことがないのですから。
トリュフの炊込み御飯、鱶鰭の唐揚、フォアグラとトリュフの茶碗蒸、果物とリコッタ・チーズとトリュフの蜂蜜漬けのデザートなど、かどわき名物は枚挙に暇がありません。漬物に至るまで、おいしい。
ストイックな伝統的日本料理がスタンダードであるべきだし、勿論それも大好きなんですが、かどわきの料理は格別です。やはり本物と言わざるを得ないでしょう。





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これでもかとトリュフを御飯に入れる「かどわき」店主の門脇俊哉さん


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永見先生によると、門脇俊哉さんは、腕が立つ一流の料理人なのに、とても気さくな方だとか。

先方に予約をお願いすると、「かどわき」に決ることが多いということです。永見先生のお知り合いは、舌の肥えた方ばかり。そんな食通の方達に大人気とは、凄いですね!





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舞台の打合せだったり、ご贔屓様との会食だったり、美味しいものを召上る機会の多い永見先生。

本当に羨ましい! 何とか連れて行っていただけないものか…





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グスタフ・マーラー 墓参 ~ 永見隆幸ヨーロッパを行く Gustav Mahler Grinzinger Friedhof [永見隆幸先生information]



永見隆幸先生が、ウィーン Wien のグリンツィング墓地 Grinzinger Friedhof にあるグスタフ・マーラーの墓を訪ねられました。



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生前、グスタフ・マーラーは、「私の墓を訪ねてくれる程の人なら、私が何者かを知っている筈です。ほかの人に用はない。」と述べ、飾りのない墓石に名前のみ刻んで欲しいと依頼したそうです。





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グスタフ・マーラー
Gustav Mahler
作曲家 指揮者

1860年(江戸時代 万延元年頃)、7月7日、オーストリア帝国ボヘミア・イーグラウ近郊のカリシュト(現在のチェコのカリシュチェ Kaliště)において、ユダヤの家庭に生れる。
1875年、15歳でウィーン楽友協会音楽院(ウィーン国立音楽大学)に入学。
1878年、ウィーン楽友協会音楽院を卒業。
1881年、ライバッハ市立歌劇場指揮者に就任。
1883年、オルミュッツ帝国歌劇場指揮者に就任。カッセル王立劇場の楽長とカルル劇場合唱団の指揮者を兼務する。
1884年、ハンス・フォン・ビューローに弟子入りを希望するも叶わず。
1885年、プラハのドイツ劇場の次席指揮者に就任する。
1886年、ライプツィヒ歌劇場の次席指揮者に就任する。
1888年、ブダペスト王立歌劇場の芸術監督に就任する。
1891年、ハンブルク市立歌劇場第一楽長に就任。
1897年5月にウィーン宮廷歌劇場(ウィーン国立歌劇場)第一楽長、7月に次席監督、10月には芸術監督に就任する。
1898年、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任する。
1901年、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者を辞任する。
1903年、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフⅠ世から第三等鉄十字勲章を授与される。
1904年、シェーンベルクとツェムリンスキーがウィーンに設立した「創造的音楽家協会」の名誉会長に就任する。
1907年、心臓病と診断される。楽団員との軋轢とユダヤ排斥運動の中でウィーン国立歌劇場芸術監督を辞任。メトロポリタン歌劇場の指揮者に就任する。
1908年、メトロポリタン歌劇場の指揮者を辞任する。
1909年、ニューヨーク・フィルハーモニックの指揮者に就任する。
1911年=明治44年2月、アメリカで感染性心内膜炎と診断され、4月にパリへ治療に赴く。5月にウィーンに戻るも、5月18日、敗血症により永眠。グリンツィング墓地に埋葬された。享年50歳



マーラーの代表作:

交響曲第1番ニ長調(1884~1888)
交響曲第2番ハ短調(1888~1894)
交響曲第3番ニ短調(1893~1896)
交響曲第4番ト長調(1899~1900)
交響曲第5番嬰ハ短調(1901~1902)
交響曲第6番イ短調(1903~1904)
交響曲第7番ホ短調(1904~1905)
交響曲第8番変ホ長調(1906)
交響曲『大地の歌』イ短調(1908)
交響曲第9番ニ長調(1909)
交響曲第10番嬰ヘ長調(1910)
カンタータ嘆きの歌 Das klagende Lied
若き日の歌 Lieder und Gesänge aus der Jugendzeit
さすらう若人の歌 Lieder eines fahrenden Gesellen
少年の魔法の角笛 Des Knaben Wunderhorn
リュッケルトの詩による5つの歌曲 Rückert-Lieder
亡き子を偲ぶ歌 Kindertotenlieder
ほか





孤高の音楽家マーラーは、「私は三重の意味で無国籍者だった。オーストリアではボヘミア生れ、ドイツではオーストリア人、世界ではユダヤと、いずこにても歓迎された事が無かった。」と語っています。





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モーツアルト ハイドン ベートーヴェン シューベルト ブルックナー ウィーンゆかりの地を巡る ~ 永見隆幸ヨーロッパを行く Wolfgang Amadeus Mozart Franz Joseph Haydn Ludwig van Beethoven Franz Peter Schubert Josef Anton Bruckner in Wien [永見隆幸先生information]



永見隆幸先生が、ウィーンにおける音楽家ゆかりの地を訪ねられました。



【Wolfgang Amadeus MozartⅠ】


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ブルクガルテン王宮庭園のモーツァルト像



ブルクガルテン Burggarten 王宮庭園のモーツァルト像 Mozartdenkmal Wien=Mozart monumentは、オーストリアの建築家カール・ケーニヒKarl König が設計し、1896年=明治29年に、オーストリアの彫刻家ヴィクトール・ティルグナー Viktor Tilgner が制作した大理石の作品です。



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台座には楽器や彼が作曲したオペラの一場面や家族と演奏する様子などの彫刻もあります。

記念像の前の芝生には、四季それぞれの色々な花でト音記号が描かれるそうです。



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【Wolfgang Amadeus MozartⅡ】


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モーツァルト・ハウス・ヴィエナ Mozarthaus Vienna



シュテファン大聖堂 Stephansdom の直ぐ近く、ドーム・ガッセ Dom Gasse には、モーツァルト・ハウス・ヴィエナ Mozarthaus Vienna があります。



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ヴィエナで過ごした11年の間に、モーツァルトは十数回も引っ越しましたが、これが現存する唯一の家で、1784年(江戸時代 天明4年頃)から1787年(江戸時代 天明7年頃)まで住居にしています。
ここで、オペラ『フィガロの結婚』をはじめ、数多くの作品が作曲されました。



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【Franz Joseph Haydn】


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1793年、ハイドンは、現在のハイドン・ガッセにあるこの家を購入しています。1797年(江戸時代 寛政9年頃)から1809年(江戸時代 文化6年頃)5月31日に世を去るまでの12年間を過ごしたこの家で、オラトリオ『天地創造 Die Schöpfung』『四季 Die Jahreszeiten』など、晩年の大作の大半が生み出されました。



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【Ludwig van Beethoven】


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ハイリゲンシュタット遺書の家 Beethoven Heiligenstädter Testament Haus



聴力を失ったベートーヴェンが、32歳の時に、絶望の余り、この家で「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いたと言われています。



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【Franz Peter Schubert】


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シューベルト生家 Franz Schubert Geburthaus



「歌曲の王」フランツ・シューベルトの生家。1797年(江戸時代 寛政9年頃)、シューベルトは、この家に生れ、4歳過ぎまで暮らしています。生涯独身で自分の家を持たず、31歳の時、兄の家で永眠しました。



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シューベルト生家 中庭





【Josef Anton Bruckner】


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ブルックナー晩年の家



ベルヴェデーレ宮殿の敷地内に、作曲家アントン・ブルックナーが晩年を過ごした邸宅があります。1895年=明治28年7月、フランツ・ヨーゼフ皇帝Ⅱ世により、宮殿の管理人用宿舎が無償貸与されました。足が弱ってきたブルックナーのために平屋が用意されたといいます。この家で、交響曲第9番の作曲に取組みましたが、未完のまま、1896年=明治29年10月11日、永眠しました。享年73歳。



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ベルヴェデーレ宮殿 Oberes Belvedere





【Karl Böhm】


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カール・ベーム Karl Böhm の住んだ家


住所:Himmelstraße 41 Wien 1190
銘板 gedenktafel に、「ここに居住 音楽総監督 プロフェッサー カール・ベーム博士 1894年=明治27年8月28日~1981年=昭和56年8月14日 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 名誉指揮者」と、あります。





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STUDIO R³ SO TAP 6 永見隆幸 訪問 [ディライトフル情報]



永見隆幸先生が、STUDIO R³ 主宰の市川ミサオさんに ご招待されて、STUDIO R³ "SO TAP 6" を ご覧になりました。



諸般の事情により、ミサオさんには ご挨拶ができませんでしたが、ディライトフル・グループの舞台人養成機関「スマイル・ミュージカル・アカデミー」の講師も引受けてくださっている STUDIO R³ の MIYOさんと記念撮影。



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永見隆幸(右)MIYO(左)





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STUDIO R³ "SO TAP 6"のプログラム



市川ミサオさんはフライヤーやプログラムのデザインなども全てご自身でなさるそうです。「一芸に秀でる者は多芸に通ず」とは、ミサオさんのような方のためにある言葉ですね。

「ただカラフルなのではなく、シューズの部分の絶妙なヨゴシ具合など、細部も手を抜かない、とてもよい仕事です。」と、美術に通暁されている永見先生も、しきりに感心してみえました。



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STUDIO R³ "SO TAP 6"のフライヤー





STUDIO R³ "SO TAP 6"について永見先生に感想を伺いました。


何の苦も無く、タップの舞台を2時間にわたって観続けることができました。弛緩するところがなく、見事な構成です。
R³ TAP-HOLICの皆さんのパフォーマンスは流石というほかはありません。特に素晴らしかったのは、技術をひけらかすのではなく、リズムという音楽とダンスという身体表現に昇華されていたことです。
生徒の皆さんが笑顔を絶やさず一生懸命にタップに取組んでいる姿にも感銘を受けました。トップクラスのプロと初心者が同じ舞台に上るというリスクを感じさせず、こういうステージのモデルケースになり得る舞台であったと、心から拍手を送りたいと思います。実によく考え抜かれたプログラミングです。
ピアニストとベースの演奏も秀逸。ゲストのパフォーマンスもサーヴィス精神旺盛、楽しめるステージでした。
個人的に嬉しかったのは、今年、メリー・アーティスツ・カンパニーがテーマに掲げている作曲家ジョージ・ガーシュウィンの『スワンダフル 'S Wonderful』と 自分のレパートリーでもある『雨に唄えば Singin' in the Rain』が 取上げられていたことです。
この舞台を支えるスタッフの皆さんも優れた出来栄えだったと思います。特に照明は、明暗のコントラストを中心に、色彩もパフォーマンスに相応しいチョイスで、見ごたえがありました。サスとボーダーの使い方も印象的でした。
皆さんに ブラヴィ Bravi!





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市川ミサオ MISAO
ICHIKAWA Misao

ダンサー、演出家、振付師。STUDIO R³主宰。
・1988年:
N.YにてHENRY Le TANG、BRENDA BUFFALINOに師事するために渡米。
・1989年:
TAPチーム“HOOFERS”を結成。その後、フリーのダンサーに。
・1989~95年:
独自のダンスグループ“CELEZOORATION COMPANY”(セレズレイションカンパニー)現 IN-STYLE TRAXを結成。
宮本亜門演出ミュージカル『アステア』に出演。
岐阜未来博、花フェスタ等のダンスステージ振付、演出を数多く手がける。
他分野のアーティストとコラボレーションLIVEの共演も多数。
・1996~7年:
N.YでJIMMY TATE、OMAR EDWARD(BRING IN DA NOISE/FUNK)に師事、“TRIBE”に出演。
・現在:
スタジオ“STUDIO R³”を主宰。TAP、JAZZ等を幅広く教える傍ら、名古屋のダンスシーンのトップとして、各種ステージに出演。自分のチームカラーとして、STOMP等も。また、ステージ演出も多数手がけている。東海TV、中京TV、東海ラジオなど出演多数。
2011ミスユニバースジャパン最終選考 ダンス審査振付。2013ミスユニバースジャパン日本大会振付。
名古屋市文化振興事業団設立25周年記念オリジナルJAZZミュージカル『トーキー・トーキー』振付。
メリー・アーティスツ・カンパニー『ベリー・メリー・クリスマス』や『感謝祭』などに出演、好評を博す。『ベリー・メリー・クリスマス』ではタップ・ダンスの振付も担当した。



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MIYO
STUDIO R³

学生時代よりタップダンスやジャズダンスを始める。
2000年に単身N.Y.へ。SAVION GLOVER, DIANNE WALKER, BUSTER BROWN, HENLY LE TANG ら多くのTAP-MASTER に学ぶと共に、多くのTAP DANCER に出会い影響を受けた。Swing46等、多くのTAP JAMに参加。
スマイル・ミュージカル・アカデミーなどのタップダンス講師やタップダンサーとして活動中。タップダンサーユニット『R³ TAP-HOLIC』、カホン×TAPの1×1のユニット『pules purroot』にて舞台やイベント等に出演するとともに、フラメンコやコンテンポラリー等とコラボレートするなど、活動を展開している。
メリー・アーティスツ・カンパニー『ベリー・メリー・クリスマス』や『感謝祭』などに出演し、好評を得た。『ベリー・メリー・クリスマス』ではタップ・ダンスの振付助手も担当した。





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右から:市川ミサオさん 永見先生 MIYOさん





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市川ミサオさんは、来る令和元年11月30日(土)12月1日(日)名古屋市芸術創造センターで上演される『ラプソディー de パパ ~ Rhapsody de PAPA』のタップ振付をしてくださいます!
MIYOさんもタップ振付助手として参加してくださる予定 ♪





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分刻みのスケジュールをこなす永見先生は、STUDIO R³ "SO TAP 6"をご覧になって、トンボ返りで東京へ!





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内田鋼一 新作発表 令和元年七月 永見隆幸 訪問 [永見隆幸先生information]



永見隆幸先生と親交があり、メリー・アーティスツ・カンパニーの公演を多数ご覧くださっている造形作家で陶芸家の内田鋼一さんが、東京の港区で新作を発表されました。



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永見隆幸先生(左)内田鋼一さん(右)



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類は友を呼ぶとはよく言ったもので、内田さんは永見先生と同様、凄まじい生き方をしていらっしゃいます。お二人とも休みなんか全くないと笑っていらしたとか…

作品の質も量も驚くべきもので、内田さんの創作活動は、永見先生に負けず劣らず、止まる所を知らないと形容するしかありません。





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【内田鋼一 プロフィール】

当代随一の呼び声も高い、実力と人気ともに抜群の、造形作家であり、陶作家である。窯を焚く頻度は一般の陶芸家の五倍以上とも言われ、作品の、質、量、多様さにおいて、他を圧倒する。それでも、引っ張りだこの内田に展覧会を依頼するのは至難のわざ、とギャラリーのオーナー達は口を揃える。

名古屋市に生れる。量産型製陶工場の勤務を経て、世界各国を旅しながら窯業所を巡り、現地の土で焼き物を制作して研鑽を積む。1992年、三重県四日市市に窯場を構えて独立。以後、個展を中心として国内外で精力的に活動する。2015年に、BANKO archive design museumを立上げる。
東京国立近代美術館、愛知県陶磁資料館、兵庫陶芸美術館、札幌芸術の森美術館、北海道立釧路芸術館などの展覧会へも出品。
アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、オーストラリア、西アフリカ、ベトナム、タイ、韓国、中国、台湾、インド、南米ほか、世界各地で作品を制作し、発表している。
平成30年度 日本陶磁協会賞 受賞。
作品集(書籍)に『UCHIDA KOUICHI』(求龍堂)など、多数。





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内田京子さん(陶芸家:左)永見先生(右)



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内田さんは、永見先生とは、ある種独特の「共通言語」のようなもので意思の疎通を図ることができるとおっしゃいます。

直接の対話は勿論、舞台や作品を通して、私達には解らない、次元の異なる「共通言語」で、コミュニケーションしていらっしゃるんでしょうね。





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